ネットで話題の「東京都青少年の健全な育成に関する条例」(青少年育成条例)の改正案。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1003/09/news103.html
その中で「青少年性的視覚描写物」として、「非実在青少年」という、未成年設定の漫画やアニメキャラクターの性描写の規制への動きが、特に論争となっている様だ。
この条例の可否や賛否については、ネット上で有識者達が論戦を張っているので割愛するとして、「非実在青少年での性的感情の刺激」というテーマ(笑)で、漫画やイラストを描いている現場の人間として、歴史的な観点から、雑文をば。
最近、20年くらい前から構想していた華魁漫画をそろそろ執筆しようと決め、その資料として、浮世絵の春画本や遊郭の資料本を探しに行った。
すると、昔あれだけスミベタで塗り潰されていた春画が、具が無修正のまま掲載されているではないか。
かれこれ20年くらい前だろうか。
華魁漫画を構想したての頃手に入れた春画本は、そのどれもが交合部をモザイク等で塗り潰してあり、その作品性は台無しにされていた。
まあ、当時のお上としては、
「男女の淫らな姿態が描写されてある。だから猥褻だ。人目に触れさせてはイカン」
という見解だろうけど、「春画は「エロ本」と同レベルですかい?」と憤ったものだ。
そりゃ春画は、執筆された江戸時代〜明治時代の大衆にとっては、まさに「エロ本」だった訳で、当時の民衆の健全な育成には有害だと、お上も何度も規制をかけ、蔦屋等の版元や絵師も、度々罰を受けている。
しかし、そんなサブカルチャーである浮世絵、春画は、性大国ニッポンの民衆に広く受け入れられ、使い捨てられ、外国への輸出品への包装紙にも流用された。葛飾北斎、喜多川歌麿をはじめとする有名な絵師達も、芸術的な浮世絵を描く一方で、こぞって春画も描いているのだ。
そんな包装紙を見た外国人は、平面と単純な色で大胆に構成された浮世絵に感嘆の声を上げ、それが無造作に包装紙なんかに利用されてしまう日本の印刷技術の高さに衝撃を受けた。
そんな時、タイムリーに開催されたパリ万博の日本パビリオンでは、日本文化は大人気。
印象派をはじめとする芸術家は、我先に日本美術を取り込み、アールヌーボーにも日本美術の影響は色濃く現れ、絵画を面として捉えるキュービズムという考えが確立し、やがて立体を投影する絵画構成から、面として表現する近代絵画への発展の遠因となった訳である。
浮世絵がなければ、ピカソもウォーホールもあんな絵を描いていなかっただろうし、現代絵画は確実に100年は進歩が遅れていた筈だ(笑)。
この場合、日本美術は狩野派や淋派ではなく、当時サブカルチャーだった浮世絵である点が面白い。
どんなにお上がやっきになって規制してみた所で、人々に感銘を与えるものは、伝播し、残っていくという事の証明だろう。(もちろん狩野派や淋派も素晴らしいが、外国に持ち出しは難しいかな)
う〜〜ん。
この「浮世絵」という日本発の当時のサブカルチャーの欧米での受け入れられ方は、現代の漫画やアニメの伝わり方と、そっくり同じではないか。
今、フランス等では、日本の漫画やアニメ、コスプレ、ロリータファッション等が大人気だという。
萌え絵の美麗さとディフォルメに驚嘆し、同人誌の印刷技術の高さに舌を巻く。
「Cool Japan」と称して、お上も、そんなサブカルチャーを奨励している。
このまま「萌え絵」が外国のアーティストに影響を与えていけば、新たなる絵画の革命も起こる筈である。
なのに、その芽を潰そうとするかの様な、今回の動き。
明治時代のマリア・ルス号事件に端を発する芸娼妓解放令や、現代の児童ポルノ禁止を巡るあれこれと同じで、海外での意見に揺れ動く日本の行政は、江戸時代から変わってないな〜と感じてしまうのだ。ここ数年、海外で高く評価されてきはじめた春画は、すでに芸術で完全無修正でもよくて、現代の漫画やアニメの性表現は、ポルノで「有害」という名の下に駆逐しようとする。
これは、芸術や猥褻に対して一貫した見解を持たず、目先の外国の評価頼りのお上の、権威主義的な差別である。
もちろん、児童を性的搾取するのは犯罪であり、根絶すべきだけど、漫画もアニメも「非実在青少年」という珍妙な名前を付けて規制しようとするのは、「Cool Japan」を勧めておいて、実は「たかがマンガじゃん」と、行政がいまだに偏見&蔑視を持っているという事じゃないだろうか。手塚治虫氏が亡くなっても、国民栄誉賞を貰えなかった訳である。
もちろん、劣情をいたずらに煽るだけで、作品性のカケラもない様なくだらない同人誌や商業誌は、ゴマンとあるけどね。
しかし、それらの下劣な漫画と志の高い作品を、十把ひとからげにして処置してしまおうとする対応は、あまりに非文化的で、ファッショ的でさえある。
ヤフオクでも「乳首が見えたらアダルトカテゴリー」となってしまうのも、そんな行政の未熟さだ。じゃあ、「ビーナスの誕生」や「裸のマハ」なんかは、立派なアダルト絵画っすか?
そんな「臭いものにはフタ」式規制で、なんにでも蓋をして、本当にヤバいものを地下に潜らせてしまうより、民衆の芸術意識を啓蒙して、よいものと悪いものを判断できる目を養ってやる方が、本当の教育ってもんじゃないですかね?
という訳で、北斎や歌麿程素晴らしい絵を描く訳じゃないけど、萌えイラストを描く場末の絵師として、こういう条例はもっと熟考、それができないのなら反対なのである。