2月12日はぼくの恩人の命日になる。
その人はぼくが独立する以前に勤めていた、デザイン会社の先輩イラストレーターだった。
「イラストレーター募集」という求人案内の記事を手にして初めてその会社を訪れた時、彼はぼくの面接をしている社長の隣にフラリとやってきて、ぼくの絵(美少女コミックイラスト)を見て社長に採用を促してくれた。
マンガ家を目指していてカラーイラストもそれなりに描いて、ある程度腕に覚えもあったものの、コミックイラストとはまったく別の商業イラストというジャンルは、ぼくにとっては未知の世界。右も左も業界用語も分からず、商業レベルとしてはまったく下手ッピーだったぼくに、フィニッシュワークのコツからエアブラシの使い方まで、手取り足取り色々教えてくれたのはその先輩だった。
先輩にはなにかにつけて親切にして頂き、個人的に他社のデザイナーさんの仕事も紹介して下さったりして、ぼくが独立するきっかけを下さった。独立した後も頻繁に仕事や顧客を紹介して下さり、ぼくが今こうして商業イラストレーターとして仕事をやっていけているのも、すべてその先輩のおかげなのだ。ふつう、イラストレーターなんかは、他の同業者との競争意識が強く、特にパイの小さい北九州では、仕事の取り合いみたいになったりすることもあるんだが、先輩はぼくの実力も長所も欠点も認めてくれていて、飄々とした余裕があって、それが人間としてのスケールの大きさや包容力を感じさせてくれた。ぼくが生意気な口を聞いても、「釈迦に説法」みたく能書きをたれても、先輩としてのプライドや意地をかざす事もなく、知らない事には耳を傾けてくれる。そんな自然体の生き方が好きだった。
先輩はまだ43歳のやりたいことがいっぱいある中で、心不全であっけなく亡くなってしまった。
今でもたまに、巷で彼が遺したイラストの印刷物を見かける事があるが、そんな時には思わず目頭が熱くなってしまう。
「虎は死して皮残す」というが、人は何を残せるのだろう。ぼくはまだ後世に残せる様な物は、何にも生み出していない。
怠惰な日常を送っているうちに、唐突に人生の終幕は訪れる。その時に後悔しない様、一日一日を精一杯生きなければならない、と思いつつ、やはり弱いぼくは欲望や快楽に身を委ねてしまう。
先輩の御冥福を祈りつつ、毎年2月12日は、少しだけ自分の生き方を反省するのだ。